海外旅行に行って、海外のトイレ事情に驚いたことはありませんか?トイレを探したら有料だった、便座がなかったというのは序の口で、生活習慣によっては、おしりを手で洗うトイレ(インド)や、扉がないトイレ(中国)もあります。
また、トイレットペーパーを使っているのは、じつは先進国を中心とした、地球上の全人口の約3分の1なのだとか(※1)。
生活習慣の違いから、形状や使用方法、エチケットまで異なるトイレですが、この記事ではいろいろな国のトイレ事情を見渡して、振り返って日本のトイレ環境を検証します。
(※1)参考:『トイレットペーパーの文化誌』(西岡秀雄著、1987年、論創社)
アジア各国のトイレ事情
まずはアジア各国から。ヒンズー教徒が多いインドのトイレには、トイレットペーパーはありません。右手で食事を食べ、不浄とされる左手で、トイレ横にある水でお尻を洗います。そして中国には、いまだに扉のない「ニーハオトイレ」が残っているのだとか。現在、中国ではトイレ革命が進行中で、北京や上海といった都市部ではニーハオトイレを見かけることがないようですが、地方での水洗化率は低いようです。
また、マレーシアやインドネシアなどイスラム教徒が多い国では、アラブ式の便器が使われています。日本の和式トイレに似ており、しゃがんで使います。こうしたトイレでは、トイレ横に水の入ったバケツと桶が置いてあり、桶で水をすくってトイレを自分で流すものがほとんどです。
インドでは、人口約13億人のうち約6億人がトイレのない家に暮らしていましたが(※2)、2014年に、5年間で野外排泄をゼロにする目標が掲げられ、2019年には目標達成が宣言されました。
おおよそ共通しているのは、トイレットペーパーがあったとしても、トイレには流さないということ。韓国では、トイレットペーパーの品質やトイレの水圧が改善されても、いまだにトイレットペーパーは“詰まるから流せない”と思い込んでいる人が多いため、ゴミ箱の撤去作業が進まないようです。
東南アジアには、トイレにハンドシャワーが付いている場合もあります。これはお尻を洗うためのもの。洗ったあと、お尻を紙で拭いたとしても、やはりトイレには流さず、ゴミ箱に入れます。
(※2)参考:『13億人のトイレ 下から見た経済大国インド』(佐藤大介著、2020年、角川新書)
欧米諸国のトイレ事情
一方で、欧米諸国のトイレ事情はどうでしょうか。北米のトイレが日本と大きく異なる点は、個室のドアの下に隙間があることです。犯罪防止のためか、膝から下が丸見えになるほど大胆に空いています。
パリには、「サニゼット」と呼ばれる全自動洗浄式の公衆トイレがまちじゅうにあります。日本の温水洗浄便座は便器を自動洗浄しますが、サニゼットは驚くことに、個室内全体と1分程度で洗い、乾燥します。この全自動洗浄式トイレは、ロンドンなどヨーロッパ各地に導入されているのだとか。
また、ヨーロッパには、小さな便器のようなビデ(洗浄装置)があります。お湯で下半身を洗浄でき、小さな洗面台のような使い方がされています。ビデは、一般家庭やホテルの客室にまで広く普及しています。
そして欧米諸国のトイレは、一般的にトイレと洗面台、バスタブ、場合によってはビデがひとつの空間に収まっていることも大きな特徴です。
トイレットペーパーについては、アジア各国の状況とは一転、欧米諸国ではかなりの量が消費されています。特にアメリカは世界で最もトイレットペーパーを使用していて、1人あたり年間12.7km、141ロールを使っているのだとか。2位はドイツで、3位はイギリスがランクインしています(ちなみに4位は日本です(NRDCのレポートより)。
トイレットペーパーの消費量が世界でもっとも多いアメリカでは、トイレットペーパーの原料はバージンパルプが中心です。バージンパルプとは、木材を材料にして製造したパルプのことですが、アメリカでの消費のために毎年100万エーカー以上の北方林が伐採されていて(NRDCのレポートより)、これは1分間にナショナル・ホッケー・リーグ場7つ分に相当する広さにあたります。
世界と日本の温水洗浄便座の普及率
日本のトイレ事情を見ると、温水洗浄便座の普及率が約80%(2018年3月 内閣府「消費動向調査」より)で、温水洗浄機能、乾燥機能、暖房便座、消臭機能、さらに公共のトイレではトイレ用の擬音装置までがあります。
ただし、ここまで浸透するまでに、40年もの月日がかかっているといいます。日本における温水洗浄便座は、1960年代に国産化に取り組み、「おしりだって洗ってほしい」というTOTOのテレビCMなどを通じて80年代以降に定着していきました。
アメリカでは、日本で普及している温水洗浄便座を一般家庭でも公共のトイレでも見かけることは稀ですが、これは欧米諸国のバスルーム内には通常、電源がないため、温水洗浄便座を備え付けるには大掛かりな改装工事が必要になってしまうことや、日本の個室トイレより居住空間としての位置づけが強く、インテリアが重視されることから、装置然とした“ハイテク便座”は受け入れられにくかったことが背景にあります。
ところが、コロナ・ショックが引き起こしたトイレットペーパーの品不足が、ビデ(洗浄装置)ブームの引き金となり、日本の温水洗浄便座も売り上げを伸ばしているのだとか。たとえばTOTOの温水洗浄便座「ウォシュレット」は、2020年1月~3月の米国での売上高が、前年同期比の2倍以上の伸びになっています(2021年3月期 第1四半期決算資料より)。今後は、トイレは流れればいいという機能重視から、清潔面での視点も重視されることになりそうです。
いかがでしたでしょうか。温水洗浄便座でおしりを洗ったうえで、さらにトイレットペーパーの使用量も多い日本ですが、世界のトイレ事情を見てみると、こうした環境がいかにリッチなことかが分かるのではないでしょうか。
世界中の人々に衛生面で不安のないトイレの整備が行き渡ることを願いつつも、トイレの整備と比例してアジア各国のトイレットペーパーの消費量も伸びるとすると、その人口を考えると、森林の減少や劣化を食い止めるのが難しそうであることに、容易に想像がつきます。
ただし、欧米諸国がバージンパルプを原料とするトイレットペーパーが多いのに対して、日本は古紙による再生パルプを原料とする生産技術が進んでおり、トイレットペーパーを含む紙および板紙の原料で見ると、60%以上が再生パルプからつくられています(詳細はこちらの記事を参照)。こうした生産技術や再生紙の活用は、世界の手本にもなるのではないでしょうか。